toco plus + 人間観察

人間観察から自分をみつめること。日々思うこと。三重県桑名市の空き家活動記録など書いてます。

職場の雰囲気を変えるには

変わらなければならないのか。

 

「変わる」というのは、簡単ではない。大変なことです。

 

なぜなら、今の自分をどこかでやめなければならないからです。

言い変えるならば、今までの自分のやり方、今までの生き方を、別のやり方、別の生き方に変えなければならない。

それって大きなエネ ルギーと苦悩が伴うものです。

誰かに変えてくれと助けを求める。変えてくれるかもしれない。変わらないかもしれない。変えたい、変わりたいと思った本人が行動に移らないと物事はかわらないことが多いんです。

 

 

f:id:tocotocokuwana:20180228084142j:plain

周囲が変わってくれればいいのにとなんども思う。

それでも自分が変わらなければならないのは、なぜか。

 

それは変わらなければ自分らしさを失ってしまうからです。

 

 

正直、自分が変わろうと思わなくても、人は大きく変わっていきます。

世の中や周囲が 絶えず変化しているからです。

その中で生き残るために、人も組織もその状況に合わせて変化していきます。

ただし、それは受動的な変化にすぎません。

決して自分の願った状況にはなり得ません。

 

 

世の中が良い方向に向かっている、自分も周囲もその変化が正しいと思えるときは、その変化に身をゆだねているだけで、自分もいい方向に変化できるのでしょう。

ところが、なにかがおかしい。なんでこうなってるんだろうとなった場合には、悪い方向に転がっているのではないでしょうか。その変化は自分が期待する、こうあるべきだと思い描く理想とは全く異なっていることでしょう。

 

 

受動的な変化というのは、私のイメージでは、密度の高い空間から低い空間になにかが漏れてくるようなイメージ。

行動を自分では起こさない、なにも発言もしない、拒否しないよう所に侵略してくる。そんな感じです。仕方ないと割り切れても、それをずっと続けていたらみんなが疲弊する、不幸せになる。そんな風に感じているにもかかわらず、自分も組織もその変化にモノ言わずそういうものだと受け入れてしまっている。

 

受動的な変化は、「変わる」のではなく、「変えさせられている」ということです。

 

自分の意志ではなく、周囲の圧力によって強いられている変化です。

 

f:id:tocotocokuwana:20180228084146j:plain

 

それは人を幸せにすることもあれば、不幸せにすることもある。きっと後者であることがおそらく多いのではないでしょうか。労働は罪だ。罪は少ないほうがいいと思う人はたくさんいる。だれかに罪をなすりつけることは日常茶飯事なことなのだ。

 

 

もし、自分が不幸せだと感じたなら、ここから先は能動的に変わらなければならないのです。 自分の意志で、こうしたいという方向に自ら変化を起こしていく。そうでなければ、受動的な変化から抜け出せないのです。

 

 

変わるということは、自分の意志を取り戻すということなのではないでしょうか。

変えるということは、周囲に圧力を与えることにもなるのではないでしょうか?

 

いい圧力のかけ方だったなら、周囲のみんなも幸せになるのでしょう。

 

変わる為に

 

どうせなにも変わらない。

職場や会社・上司に期待なんかしない。ここはあきらめ職場だ。

 

我慢、我慢。やり過ごすしかない。

いま多くの会社では無感情職場が増えているのでは?

 

 

私は今の職場の雰囲気が少しでも変わればと思っている一人です。

 

私一人が変えようと動いたところですぐに環境が変わることはないでしょう。

でも、小さなフィードバックが、各人の小さな肯定感や効力感を積み上げていくと考えています。まずは一歩ずつです。

 

私の挑戦・実験はこんな感じです。

 

職場の同僚・部下にさらには上司にも、負担がそれほどかからない範囲で少しばかりなにかを与えてみる。(ものを与えるということではないです。)

 

例えば、

その人が仕事を遂行する上で、私が少し助言を与えます。

過去の知見を伝えるだけで本当なら2時間かかったであろう仕事を30分くらいで仕上げることができた。

 

この人はきっと私が困った時なんか多少なりとも気にかけてくれるだろう。

何かを助けてくれるとはならないかもしれないが。

ただこうした気持ちが、心の扉を開き意識を内側から外側に向けてくれるようになる。

 

例えば、さらに

ある仕事で設計不備を見つけた。

関係しそうな担当の人にも確認してもらい、その人の製品にも修正を反映することができた。後に起きるべく悲惨な地獄を見ることを回避できた。

 

この人はきっと次、なにかまずいことを見つけたら私のところにきて情報をくれるであろう。横のつながりができる。

 

 

あきらめ職場からそういう関係性が回復されると、自分も周囲のことが見えてくるようになる。周囲が困っていたら助けようと思えるようになるし、自分から気づいたことには踏み込もうとする人も出てくるのではないか。

 

そうすると、ますます、周囲から感謝や認知の言葉が返ってくる。

 

こうした他者のための行動が、感謝や認知として返ってくるプロセスがしっかりと職場に構築されるようになると、誰しも自発的かつ協力的に行動を起こしやすくなるのではないでしょうか。

 

そして助け合い、知恵を出し合う組織になっていきます。

結果として良い感情の連鎖が起きていくのではないでしょうか?

 

私の挑戦・実験を真似してくれる人が増えることを願っています。

 

働き方改革の波が来ていますが、それはキッカケにすぎません。

自分がダメだと感じてることは、じぶんが変えるという行動を起こさない限り、自分の理想にはなりえません。