toco plus + 人間観察

人間観察から自分をみつめること。日々思うこと。三重県桑名市の空き家活動記録など書いてます。

指揮者がかわれば音色も変わる

ふれあい町つくり。

小学校の地域活動の一環で音楽会の催しへの参加した時のことです。

 

 

子供達が頑張って練習した歌・楽器の演奏を体育館で聞きます。

暖かく見守る保護者や地域の参加者達。

 

 

プロの演奏を聴いてるのとは違いますが、こういう地域行事に参加することは有意義な時間だと思う。

しかも無料ですし。 (● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

 

子供の演奏といえども、楽器を上手に使いこなしているではないですか。

子供の成長も一緒に感じることができてとてもいい。

授業参観のようで授業ではない。

 

・子供の晴れ姿を写真に残す親。

・ビデオカメラで映像に残すおじいいちゃん。

・カメラのフラッシュを使ってしまって先生に怒られる保護者。。。

(案外気づかないものです)

 

 

なんて素晴らしい催しなんでしょう。

 

 

 

また、先生が生徒の前に立ち指揮棒を握る。

音楽専任の先生でもないのにご立派だと思います。

 

緩急つけてメリハリをつける。

そのリズムについていこうと必死に先生の方を確認する生徒達。

 

主役はなんといっても子供達みんなというのは変わらない事実なのだが、それを支えるのが先生であり指揮者である。重要なポジションです。

 

 ↑ はい。これ。この前置きは これが言いたかっただけです。

 

 

f:id:tocotocokuwana:20171207235651j:plain

 

リーダって偉くないんです。役割なんです。

www.tocoplus.com

 

前回書いたこの記事が、意外にいろんな方の目にとめられたというのが正直新鮮だった。なのでもう少し書いてみます。

 

 

指揮者(リーダ)による旗振り・方針設定というのはとても重要なことだと私は考えています。

 

 

・指揮者は楽器を使わない。(リーダは作業をしない。)

・指揮棒を操作することが仕事なのだということ。

 

いや、正しくは指揮棒をふることで音色を合わせることが役割なのです。

 

 

音楽会でこんなことを考えていたのはきっと私だけでしょう。

たまにね、うん、そういう時あるんです。

 

 

まさに、指揮者は役割を全うしています。

そういう指揮者が私には近くにいてほしいと思う今日この頃。

(甘いですかね?もっと自分のビジョンを持つべきですか?)

 

 

 

会社の方針は結局は個人が決めている!!!

 

会社方針。部方針。課方針。係方針。

様々ななレベル感・粒度で方針は設定されていきます。

 

その方針の中の各項目に対して最終的にには担当がなぜかつくんですよね。

推進者というものです。

そうです。個人に役割が回ってくるのですよね〜。

 

結局は会社の方針を決めるのは、会社側の人間ではなく、個人なんだなと感じてじまうのはこういう時です。結局は上位職制は何がしたいのか希望・野望・有りたい姿を述べるのみ。それが方針だといわればそうなんですが。

 

なぜでしょう、腑に落ちません。

 

手の届かないないような、地に足が着いてないあるべき論だけの方針設定は正直・・・と思います。方針を実現するために必要なもの・たりてないものはなにかということを個人が考え、上位に提案していく。上は提案に対し◎なのか✖️なのかを判断するのみ。

 

 

実現するには最終的には個人の活躍次第ということです。

 

個人が真剣に考え、わかりやすく上位に報告することで経営側はより正しい判断ができていくのです。下がしっかりしてる会社は経営はバカでもできる。

ただし、そのまま上に居続けるには相当な人徳がない限り無理でしょう。

いずれできる人に座を奪われます。会社は縦社会です。

 

 

 

ところで  あなたの役割ってなに?  と問われ回答できますか?

 

組織の中にいる自分はどうあるべきなのか?

役割意識を持って仕事をしていますか?

 

そんなこと考えてもないわ。という人はいっぱいいるはず。

仕事とは別に何かやらないといけないことがあるということ?って正直思いますよね?

 

 

毎年、面談の時期に一年の目標設定や中期的な目線での成長目標などを設定します。設定した時は今年は頑張ろうと意識はするものの、年度の頭に決めた内容をずっと心に留めながら日々の業務に当たるかというと正直疑問に思えます。

 

そうなんです。設定しただけで一年が過ぎ去っていくのです。

 

目の前にある仕事にかぶりついてるだけで、自分の設定した目標なんて紙を見ないと覚えてもいない。立てただけで達成したつもりになるのです。

 

 

メンバーの育成・成長というのはそれを指揮する人の手腕が重要になるのではないでしょうか。個人の目標は簡素なものが良い。組織の目標はしっかり先を見て設定してほしい。あとそこには確実に目標に近づけていけるキーマンが必要だ。現場任せではなく、キーマン自身が推進していかないとやはり実のある目標にはならないのだ。メンバーの目標を把握し、それに対して誘導してあげる、しむけてあげる。時には厳しく指導する。

 

方針を作成し、組織内に配るだけではダメ。

 

できる部下がいるのであればうまくいくかもしれません。その役割を担える人材がいるところは良い組織を形成していけるのでしょう。

 

 

でもそうでなければ、方針を設定した自分が旗を振るしかないんです。ただ設定するだけなら簡単です。紙に書くだけですよ〜。成果が数字で見えるものなら結果は一目瞭然。でも部下の成長、組織の成熟度ってなかなか数値で表すことは難しいよね。

 

◯ △ × で結果報告?

 

そんな感覚で結果をまとめて 可もなく不可もなくってね。

うまくいったんだかも怪しい。

 

加えて言うとこの目標管理の結果を直接、お給料の換算に紐つけしてる会社がほとんどです。中には簡単な目標を設定し、それを達成して給料を高くしようと考えてる人もいることは確かです。

査定する上司の裁量であなたの年収は左右されるのです。

管理職の物差しは人それぞれ。社員全員の平等な評価をできているとは言い難いのが実情なのでしょう。良い上司にめぐり合うことであなたの収入は決定します。

 

 

最後に一言。

 

世の中にはしっかりした人は必ずいます。日々、自身が何をすべきか今後のスケジュールもバッチリ。いつまでにこのくらいのことはできるようになってないといけないよな と、自身でしっかりマイルストーンを置いている。こう言う人は着々と自分のスキルアップのために上を目指します。とても向上心のある人です。そういう人には指揮者は必要ありません。おもうがまま己の信じる道をいけばいいのです。

ただ、そうでない人にとっては指揮者の有無が人生を左右していくのでしょう。

 

 

もしかすると、私たち人間はなにか見えないおおきな力で操られているのかもしれませんね。