toco plus + 人間観察

人間観察から自分をみつめること。日々思うこと。三重県桑名市の空き家活動記録など書いてます。

人は誰かに何かを与え続けている

 

人は少なくとも周りになにかを与える。

 

そんな話です。

 

 

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でも、あなたはプラス側?マイナス側?

 

 

 

 

最近、仕事頑張っててよかったなーと思う。

 

私は職場の若手に対して、一からしっかり教えることはありません。教えることが面倒だからです。でも教えないと最初はだれしもができないってことは知っています。でも、抱えてる仕事をしながら若手を育てるってすごいしんどいんです。

 

でも、ありがたいことに私の部下たちは教えもしないのに、私のやってる事を見よう見まねでそれらしく仕事をこなしていくのです。まるでサバンナで生きてる動物のように。本能ってやつ?

 

いつかは育ってくれて、自分を飛び越えていくこともあるかもしれません。そうなるまで少しづつでも自分の持ってるモノを吸収していってもらいたいものです。

 

私は私で、吸収してもらえるスキルを積み上げて行かねばと思う所存です。

 

若手社員は人の仕事のやり方をみて、ちょっとづつですが仕事を覚えます。マニュアルを読めば出来ることはやればいい。むしろ、あるだけありがたいとおもう。先人たちが残したバイブルですから。

 

でも、仕事の進めかただったり、対応の仕方って正直いってマニュアル読んだだけでは覚えることはできない。できるような錯覚をするだけだ。本番ではまったく活用できないだろう。経験でしか得られない。学べないところってたくさんある。見よう見まねで、学習してくんですよ。そういうところって。

 

お手本となる人が近くにいると周囲の成長の速度って変わるし、その人の能力にひきつけられるように、見本となる人のスキルレベルに近づこうと底上げされていくのです。スポーツも同じですかね。うまくなりたければ、環境をかえろってね。育つ環境は限られているということでしょう。

 

自分は与えてる自覚はないが、事実、私の振る舞いをみて部下は、自身の仕事の能力レベルの着地点なのか、経由ポイントなのか、目標のようなものと私を捉えて近づこうともがく。

しっかり部下が自立していければ、すくなからず、私という存在はよい側の影響を与えたといえるのでしょうか。

ただ、勘違いしてはいけないのは、頑張るのは部下自身であって、私はというと、なにもしていない。   ただ、がんばる姿を見せるだけです。

 

  

 

一方で、できるひとがいるのに上手く回ってないってところもあります。

なぜでしょう。私のところと何がちがうんでしょうか?

 

あのひと人一倍仕事ができるのに。なぜ?

 

 

仕事を振られたその部下は期日までには終わってないって事が大半です。

怒られてモチベーションも下がる下がる。会社にいて楽しくないだろうな〜。って。

 

 

やった事がない仕事を、経験者と同じ時間でできるはずがないのです。仕事をお願いする方もそうなることは、わかるはずなのにそれでも仕事を投げるのです。

 

そう、言葉の通り投げるのです。斬れ味半端ないっすよ〜。

 

 

私のところはというと。

 

私が仕事をお願いするのは、私ができるだろう仕事、もしくは経験した類のものです。なぜか?それは、部下がやりきれなかった場合、自分がリカバリしなければいけないから。新規の仕事は必ず、自分がやります。その中でお願いできる仕事を割り振りして、一人当たりの負荷をさげます。

 

 

やれなさそうだな〜と感じたら、少し触りだけやり、道筋を示しあげてあとお願いしますと渡します。投げはしない。本音はなげたいんですが、受け取ってくれなければ意味はなし。出す側にも配慮が必要なんです。自分の負荷が一時的に下がるかもしれませんが、かわりに部下の仕事量が2倍にも3倍にも膨れ上がるんです。

 

 

やれない仕事を誰かにお願いしてできませんでしたと、依頼者にいいますか?そんなみっともない仕事のやり方はできません。

成立解がない仕事を中身もみずに後工程に回すことがどれだけ非効率なことか。

入口である程度選別することは効率化するうえで非常に重要です。

 

 

仕事が出来る人の中には、やり方を見せない人がいること。やり方は個人の財産であり、ノウハウだ。自分のやり方を真似されると、自分の存在価値が薄れるからだ。できる人に仕事が集中するのはそういうことで、キャパを考えなきゃ商売繁盛して、ひっぱりだこ。でも、そんな一人しかできない仕事のやり方ほどリスクがある。会社は個人だけで成り立つことはない。組織のなかでノウハウを共有し組織として存在価値をしめせばいいのである。

 

そのやり方をしてきたんだから、その下につく部下たちも自分でやり方を考えて結果を出してこいということなんでしょう。つらいですね。楽しくないですね。それ組織っていわないよ。踏ん張りきったひとだけが残ることができる、弱肉強食の世界です。そういう職場を望み、サラブレッドだけが選別されていくことが、目的ならばその指導方針は有効ですが、私はハッキリいってイヤです。

 

  

では、今までやったことない仕事を部下にやらせないのはなぜか?チャレンジ精神はどうなの?って。やらせないと育たないよって言ってくるやつがいますよね。

 

ねー、絶対いる。

そういう奴にかぎっていざ自分がその仕事を回せるかというとやれないんだけどね。

 

でも、事実、そのやり方は育ちます。自分がそのようにやってきましたから。

でも、しんどいんですって。バカみたいに労力使います。

 

一昔前はそれでよかったのかもしれませんが、自分はそのやり方を私の部下にはやらせたくはありません。中堅社員であれば、ある程度のレベルになっているので、やらせて育てていくのはいいと思います。あくまでもいま話をしてる対象は若手社員に関してです。

 

 

やらせたくない理由はいくつもあるんですが、思いつく限り書き出します。

 

・自分のわからん仕事を無茶振りするのはキライ

・成果物が管理できない

・組織として機能してない

・その人がいなくなったら終わり

・自分がお願いできる枠が減る(頑張ってるから他の仕事を振れない)

・個人プレー半端ない

 

などなど

 

仕事が苦痛になるのは本末転倒。やり方がわかってきたら、自分から手があがるんです。やる気も効率も上がってくるんです。無駄に時間を費やして耐える仕事のやり方は垂直立ち上げするかもしれないが、リスクが高い。現状の組織でやれる量の仕事をみんなのできるスキルレベルに合わせて受けていく。 底上げされてきたら、受ける量と質をあげていけばいい。

 

無理難題な仕事をなんとかしてやらなければならない。処理しきれない量の仕事を後先考えずに受ける。 思うに、組織の管理者というのはその立ち位置のせいなのか、更に上の職位の方の機嫌を気にする。請け負う側の会社であれば顧客にいいかおをしないとだめ。こやつらは、仕事をうまく回すための管理者という存在からはかけ離れてる存在だ。ただ、ポストのように📮口を開けて緊急書類を配布する配布係だ。

 

組織って おかしなものですね?

なぜそんな役職を設ける必要があるのか。

 

工場のラインみたいに機械に突っ込んだら出来上がる量。生産能力が目に見えてわかる。組織もその生産能力が数値化されていれば分かりやすいのにな。仕事がまわる量が見える形になってさえいれば、プロジェクトマネジャーと作業員がいれば、いわゆる技術者ライン工程で仕事は工程よくまわるはずなのだが。

 

組織の目標だとか、戦略が見えない。

非生産部門とまでは言わないが、目指す姿への潤滑油くらいにはなってほしい。

生産能力があがる戦略を打ち出してほしい。

 

 

この不満が、私の中にでてきてるということは、私は私の上司によって悪い影響をあたえられている結果なのかもしれませんね。